日本政府及び日本軍による“南京大虐殺”などという事実は存在しない。
このことは既に多くの調査・研究、検証を積み重ねてこられた方々の努力の賜物
によってようやく公式な場でも正当論調として扱われるようになってきました。
これは大変に喜ばしいことで、ようやく戦勝国による歴史事実の隠蔽、捏造・歪曲が暴露されつつあるということです。また、同様な疑念として「従軍慰安婦問題」などと取り沙汰されることについてもそれが全くの事実歪曲、捏造であったことがすでに論証されています。このことは別の機会に議論していきたいと思います。

 以下、本文

1.そもそも中国が虐殺を行った真犯人

(1)“済南事件”(1928):何の罪も無い日本人居留民を大量に虐殺した中国

西田氏(当時、南京日本領事官)の公式報告

 『現地に転がる死体は内臓を全部露出し、女の陰部に割木が差し込まれ、顔面
上部が切り落とされ、あるいは耳が切り落とされ、陰茎が切り落とされていた。』

南京の大虐殺は中国人が日本人に対して行ったものであり、それを逆に報道し
正しい(実は嘘)歴史認識として日本に強要し、日本はそれを従順に受け止め、
毎年公式な謝罪を繰り返している。そして、そのことがまるで真実であるように
世界の人々(一部良識層を除き)に喧伝され、浸透している現実が今です。

(2)“通州(つうしゅう)虐殺事件”(1937.7.29 AM4:00)

 東京裁判において戦勝国側検事から却下され、未提出の日本弁護側重要証拠資料の第3巻に収録された日本外務省情報部長の公式声明文があります。そこには歪められた歴史に封殺された真実が書かれています。

<抜粋掲載>
『3,000人ほどの通州保安隊(日本を含む居留外国人を保護することが仕事)によって、110名ほどの日本軍守備隊兵営が包囲され、日本人商店、旅館、民家が急襲された。通州の日本人380名のうち200名が中国通州保安隊によって虐殺されました。支那人(しなじん:漢字変換で出ない)は婦女、子供とともに全日本人を虐殺せむと企てた。婦人の多くは24時間虐待酷使された後、東門の外で殺されたが、其処まで連行されるまで手足を縛られ、鼻や喉を針金で突き通されて曳きづられた。或る者は強力な毒物を塗りつけられて顔がズタズタになっていた。』

 東京裁判に弁護側からこの公式声明文が提出されたが、理由の提示もないままにウェップ裁判長が却下している。つまり、通州虐殺事件は事実ではあったものの、連合国(良い悪いは別として戦争に勝った国々)にとっては表の歴史舞台に出ては困るいわゆるタブーであったわけです。さらに我慢のならないことに、その通州虐殺の事実を逆に日本軍による中国人への虐殺などと称して、写真を合成捏造し利用されていることです。現在も世界的に多用され、正しい歴史教科書として流布されているわけです。東京裁判(法廷1947.4.25)において弁護人レヴィンの証人喚問として萱嶋高(元陸軍中将)氏や他の証言内容を若干紹介すれば、以下のようです。

『通州城内は実に凄惨なもので、到る所無残な日本人居留民の死体が横たわっておりまして、殆ど全部の死体には首に縄がつけられてありました。頑是無き子供の死体や婦人の虐殺死体は見るに耐えませんでした。旭軒という飲食店に入りますと、7,8名の女は全部裸体にされ強姦射・刺殺されておりまして、陰部に箒(ほうき)を差し込んである者、口中に土砂を埋めてある者の死体があったり、かろうじて息絶え絶えに絶命寸前の者たちあるかと思えば、腹部を縦に銃剣で断ち割られ内臓のことごとくを露出している妊婦や片腕を切断された老婆や、鼻部に牛のごとく針金を突き通され幾人も数珠つなぎされたままでいる子供たちなど。・・・』

 上記はごく一部ではありますが、当然それらの証言は無効であると却下されただけです。要するにそういう事実は日本軍がしたことであって、中国人はすべてにおいて被害者であるとの強行な主張によって、そのままの内容が東京裁判の証拠であるなどとされたわけです。

(3)司馬遷の「史記」-「呂后本紀 第九」に記載された史実

 『太后はついに戚夫人の手足を切り、眼をくりぬき、耳を焼き、瘖薬(インヤク:唖になる薬)を飲ませて、厠室(ソクシツ:天井の低く終日屈んでいなければならない部屋)に押し込み、“人ぶた”と名付けた』と記されています。
 この呂后という人は、高祖劉邦の下賎な時代からの妻で、高祖亡き後自分の子供を皇帝に即位させた後で戚夫人をそのようななぶり者にしたわけです。

 また、秦帝国の末期にアーベントの見た中国「崩れゆく支那」の記述でも中国人本来の残虐性を証明しています。
『1920年代の支那では良民が針金や鉄線を通され数珠繋ぎにされた。家族全員が虐殺され、手足を切られた女たちの屍体が路傍に転がっていた。』と記されています。両目を抉ったり、顔の皮を剥ぎ取ったり、耳や鼻を削いだり、体中の皮膚すべてを生きながら剥いたり、手足を切断したりする。
これは中国独特固有の殺人文化であります。まだ私たちの記憶に新しいところで松本さん一家の惨殺事件を彷彿とさせるものがありますね。
中国では『その犯人を処刑した』と公表していますが、真偽のほどは疑わしい限りです。果たして、このような悪が正当化されている事実を黙殺して良いものでしょうか?それどころか、毎年8月15日の終戦記念日に中国及びアジア近隣の国々向けに国会決議で謝罪するということの凡そ愚劣な政治姿勢をどのように理解すれば良いのでしょうか。そもそも靖国神社参拝についてもA級戦犯合祀を問題視し『靖国とは別の慰霊施設建設の為の国家予算を組みなさい』などと独立国家である日本に対して命令口調で外国報道向けに発表する国(韓国)など、捨て置くべき時ではありません。靖国神社(旧、東京招魂社)の生い立ちには個人的には異論を持っていますが、現在、世界的認識であるところの東京裁判で処刑されたA級戦犯とされた方々に対して哀悼の念を禁じえません。

 それでも日本政府は何の反論もなく、ただ従順に彼らの言う「正しい歴史認識」を共同で研究するための予算を一方的に負担することを喜んで提案している始末です。ここまでお粗末な政治があって良いものでしょうか?

2.この世に存在しない「日本政府及び日本軍による南京大虐殺」
 
 さて、「南京大虐殺」なるものは中国政府の政治的意図によるでっち上げの創作であるということがだんだん明確になってきました。戦争行為を別とすれば、そもそも“虐殺”という行為は中国本来の伝統的文化様式であって、中国人にとっては何ら目新しいことではありません。あまたの匪賊や馬賊などいわゆる暴力勢力が群雄割拠し、長い歴史のなかで勢力交代を繰り返してきました。現在は共産党という勢力がその権力地位を欲しいままにしているということで、歴史は繰り返しているだけなのです。

 中国にとっては日本の歴史問題の真偽など実はどうでもよく、単に共産党1党による独裁政権安定のために利用するだけの目的で、且つその事実が全く正反対のことであるにも関わらず、平気で政府高官が公式な場で世界中に言いふらしているわけです。こうした信じられないことが実際に行われているわけですが、日本政府はこれに対して何らの反論もせずに、土下座よろしく国会謝罪決議を繰り返して嘘を事実として甘んじ公式に認めているのが今です。

3.ジェノサイドは中国固有の文化

 中国における権力闘争には常に虐殺を伴います。政権を交代する時には「屠城」(とじょう)と言い必ず旧勢力である権力者と軍事勢力、及び城内(長安、開封、南京等々)に居住するすなわち領民(農民、商人など一般民衆)から金品や物資を強奪・略奪し、女子を陵辱暴行、最終的には老若男女のすべてを虐殺によって殲滅することが常識でありました。ですから、時の権力者から中華帝国以外の国によって同様な「虐殺があった」と諭されれば至極当然のこととして民衆から受け止められることは容易に理解することができます。しかし、そのような人間性の欠片も無い「虐殺文化」などと言われるものはおよそ中国にしか存在していないということを彼ら中国人の大半は知りません。どこの国にも同様な行為があって当然であろうと信じているわけです。

 神代の時代から日本にはそのような「残酷な形で人を殺す」などという風習や文化は皆目存在していません。さてこれから戦を前にして前口上とともに船上の扇に矢を撃ち当てて敵味方の賞賛を得るとか、海の無い甲斐国の敵に塩を送り領民の命を救うとか、多少の脚色美談はあっても概ねは事実の範囲内です。崇高な精神をもって正義を貫く為に自らの死を潔しとすることはしても、自分だけのために嘘いつわりのいいがかりで人を貶めたり辱めたりすることなどは到底考える
ことすら及ばなかった勇士たちの国、それが日本と言う国であったはずです。

4.愛国無罪

 今では信じられないことですが、かつて、中国における国民教育のレベルは低く、識字率は全人口の20%以下の時代がありました。当時から民衆のほとんどは共産党独裁政権の思いのままにコントロールされています。学校で習いましたが、日本では立法・行政・司法の三権分立があります。しかし、そもそも中国にはその三権分立と言う概念は存在しません。
共産党独裁政権にとっては三権が分立していたら困るのですから、当然そんな間抜けなことはしません。ただし経済面だけはその一部を民衆に開放しています。しかしながら官業(共産党員)がその中心であって、政治がすべての権益を制御していることに変わりはありません。当然、言論は統制され自由は全くありません。何よりも戸籍が存在しません。ですから正確な人口調査なども事実上は不可能と言われています。戸籍に似たような人民調査書なるものがあっても、その内容はひどいものです。

 最近良く聞かれる“愛国無罪”(あいこくむざい)と言う言葉があります。
中国では生きるために犯罪を犯すことを正当化する性向を持ちます。自分の為に必要であれば何をしても許され、それこそが正義であると考えます。ですから、凶悪で残虐非道な殺人なども彼らにとっては正義であるとされるのです。すなわち共産党を信頼する風を装っていれば、外国人へ向けた犯罪などはへの河童であり政府も黙認するわけです。注意しなければならないのは、外国へ向けた報道というものはあくまでも共産党政権にとって都合の良い内容でなければならないと言うことです。つまり、その報道内容の真偽などはどうでも良い事なのです。私たちはこれらのことをしっかりと認識把握したうえで正しい言論闘争をしていかなければならないのです。「左とか右」だとかの稚拙・愚劣な議論ではなく、真実に向き合う姿勢が重要となってきます。
 
 まだ書き足りませんが、つまり“虐殺”と言う文化は中国共産党固有のものであり、彼らの常識の範疇であるということです。我々はそのことをしっかりと認識したうえで毅然とした態度をもって外交をするべきであると考えます。