冤罪のつくり方 大分・女子短大生殺人事件 小林道雄 講談社文庫
鑑定は、本来冤罪を防ぐことを目的としています。ところが現実の鑑定は、警察・検察 を利するための科学と化してしまい、逆に多くの冤罪を生み出しています。しかも、それ を行った鑑定人は、いずれも権威と称された著名な法医学者なのです。 公判の傍聴席で、私はふと弘前事件の那須隆さんや松山事件の斉藤幸夫さん、またその弁護団や家族・支援者たちが、どんな気持ちで鑑定人の言葉を聞いていただろうか、という思いにとらわれたものでした。ともに、再審にいたるまで冤罪をそそがれなかったこの二つの事件に共通しているのは、警察によって証拠あるはずのない血痕を付着させられた)をデッチ上げられたことと、それが当時、法医学界の最高権威とされた古畑種基東大教授によって、「本人の血液に間違いない」と鑑定されたことでした。 弘前事件は、後に真犯人が名乗り出るのですが、古畑鑑定人は「被告人が犯人である確率は九八・五%」と言い切っていたのです。また、松山事件の斉藤さんも、古畑鑑定を決め手として死刑判決が下されていたのです。このことは、日本の裁判官がいかに権威の名に弱いかということを、情けないほど物語っています。 そして、三澤章吾という人物も、筑波大学教授にしてDNA多型研究会運営委員長という権威者であるということです。この鑑定書の滑稽さは間もなく明らかにされるでしょうが、それはまさに、権力におもねって冤罪を作り続けてきた「権威の犯罪」を追い詰める
実を言えば、DNA鑑定に反対した私を何より支えてくれたのは、村井氏のこの言葉だったのである。われわれは、科学者の良心がいかなるものかを、戦争や公害や医療過誤の被害によって嫌というほど知らされている。「科学は権力を行使する」というミッシェル・フーコーの言葉は、事実として示されてきているわけだが、そのフーコーは次のように述べている。 「科学は文字どおりひとつの権力であって、あなたに特定のいくつかのことだけを強制的に言わせようとします。 そしてその指示に従わないと、あなたはまわりの人から、『思い違いを している人」と見られるだけならまだしも、”ペテン師〟というレッテルを貼られかねないのです。科学は、大学組織を通じて、また実験研究設備などの、まさしく強制的なシステムを通じて、権力として制度化されました」 DNA鑑定はまさにそうした権力であり、筑波大の鑑定者は「任せてほしい」という自信によってではなく、権力への功名心によって先走ったとしか考えられないのである。
このお粗末きわまる鑑定は、裁判所の面子に泥を塗ったことになる。自分が採用したわけではないのだから、検察が何と言おうとそのケジメははっきりと示されるのではないか、そんなふうにも考えたのである。 というより私は、このケジメは絶対につけられなければならないと考えていた。日本の刑事訴訟法は、司法機関それぞれのいわゆる「現実的運用」によって、なし崩し的に法の精神を空洞化させられている。この国で言われる“現実”とは、権力や支配層に都合のいいように作られた既成事実にほかならず、それを追認するだけの運用は「法治主義」から「人治主義」へと限りなく堕ちていくことでしかないのである。 そして、それを正せるのは、法を法として厳正に適用する裁判所の毅然とした姿勢しかないはずなのだ。しかし裁判所は、次回公判を原田助教授の証人尋問と決めた。ことによれば、審理を尽くすという名分において、この鑑定の杜撰さを白日の下に曝し、世の批判という鉄槌を下そう とする意図もあったかもしれない。だが、裁判所に求められている第一の責務は、法の形骸 化は断じて許さないとする原則に則った裁定ではないのか。さらに言えば、そう決定を下す 時、こんな鑑定のために二年半以上もの時間を空費させられた被告人の立場は果して考えら れていたかということだ。 むろん、弁護側はこの決定を不満とした。しかし、それは反面で、正面からの科学論争を挑みながらまともに戦う相手を得られなかった弁護側に、再度舞台が与えられたことになった。
代用監獄は経験 食事は、金網の下の食器穴から味噌汁や茶を入れるためのアルミのボールが放り込まれついでプラスチック容器のいわゆる官弁が投げ込まれる。むろんテーブルなどあるわけはなくすべてじかに畳に置いて食う。 水を飲みたい時は「担当さん」と呼んで頼むが、容器はこれもアルミのボール。輿掛は〈犬のような気持ちになります>と書いている。 寝具は一応布団だが、だいたいは綿が寄って真ん中は布だけといった異臭ふんぷんたるし ろもので、とても眠れるものではありません〉とのこと。なお、この大分署に十一ヵ月もの 長期にわたって留置された経験を持つ朝来野一男という人物によれば、ここの留置場は一階 にあって窓がなく薄暗い蛍光灯が昼夜を分かたず灯っているため「昼と夜の区切りが分から なくなり頭がボーッとしてくる」そうで、これが一番こたえたという。 何とも劣悪な環境と処遇だが、豊かになったこの社会になおそれが維持されてきたのは、 こうしたあり方こそが必要だからにほかなるまい。
警察の留置場というのは、被疑者の自尊 心を完膚なきまでに剥ぎ取って惨めな精神状態に追い込み、看守や捜査官に隷属せざるをえ なくすると同時に、何としてでもここから出たいと思わせる〝自白を採るための装置”以外 のなにものでもないのである。 逮捕・勾留された者の収容先は刑事訴訟法では法務省が管轄する拘置所と定められている。 ところが日本の警察は、明治四十一年に制定された現行の監獄法一条三項に「警察官署二付 属スル留置場ハ之ヲ監獄ニ代用スルコトヲ得」という規定があることを楯に、留置場を勾留 場所として使い続けてきている。 この、取調べに当たる捜査機関が被疑者を勾留する権限を持ち、被疑者の全生活を支配し ているという変則的な状態に対して、日本弁護士連合会は早くから「アメとムチで虚偽自白 が強制されるおそれがある」と反対してきた。 そこで警察当局は、そうした批判をかわすため一九八〇年四月から「被疑者留置規則」を 9 改め、それまでは刑事系統が担当していた看守役を総務・警務系統に移し、設備面の改善も 伝えない。
代用監獄に拘禁された被疑者は、警察に生殺与奪の権を握られていると自覚することによって、その環境が彼にとっての社会と意識されるようになる。ただし、その社会は一般社会とは本質的に構造が異なる。輿掛がそれまで生きていた社会は、人権を保障された人間相互の”ヨコのつながり”を基盤とする(民主主義型) 社会だったが、代用監獄には対等の人間としての対話はない。 被疑者は一方的に糾弾され指示されるだけの圧力下に置かれる。つまり、被疑者にとっての警察社会は、支配と服従という”タテの関係”しかない (ファシズム型) 社会ということである。言うならばこれは、自由主義の国から全体主義の国へと拉致されて来たようなものだから、被疑者は必ず「これはおかしい」「こんなことは許されない」と思う。だが、取調べに当たる刑事や看守は、徹底的に人間の尊厳を剥奪するという手法によって、おかしいと思う主体的な思考そのものを捩じ伏せにかかる。 それが七十二時間で済むなら、まだ自由主義圏の人間 としての矜持は保ち得ようが、二十三日間となればそうはいかない。結果として被疑者は、 そこに生きていくために全体主義的な服従を身に染み込まされていく。また、一方で被疑者 は、苛酷な取り調べを通して、自分の運命が警察社会の論理によって決定されることを確か なこととして受け入れざるを得なくなる。